菊月或斗@幾何学世界紀行

どうも菊月です。ブログのほうを始めました。小説やアレやコレを投稿していきたいと思ってます。よろしくお願いします。

幾何学世界紀行 第1章『消失少女』 act.3「瑠璃色の翡翠石」

数分後、新見高校に到着すると、やはり二人は既にいた。 紅葉のほうは頬を膨らませて何やら怒っているようだが、雪は校舎を見つめているだけだった。
「もー遅いじゃあないですか」
完全に予想通りの問だ。
何分たったと思ってるんですかとでもいいたげに、紅葉は腕時計をせわしなく叩いている。
僕はこの世界に来る前にも、同じような会話をしている。
「夫婦喧嘩はいいんで早く済ませましょう、姉さん」
雪は至って冷静だ。 が、夫婦喧嘩じゃないぞ。 訂正を頼む。
ところで、紅葉と雪は姉妹なのになんでこんなにも性格が違うんだ?
「ん、そうね。 じゃ、永斗先輩、行きますよ」
紅葉はそう言って、スタスタと校舎に入っていった。
僕と雪は二、三歩遅れてそれに続く。
何故夜に学校へ? と一抹の不安が残るが、紅葉のことだから、きっと何か考えがあるのだろう。
てか、今度こそ不法侵入じゃねえの?
ああ、そういえば、今夜調査させてくれとか頼んでたな。 こいつ。 はなから来るつもりだったのか。
「なあ紅葉、いったい何処に向かってるんだ?」
「彼女のクラスです」
彼女、とは市橋双葉のことか。
それにしても、夜の学校ってのは初めてだな。
小学校のころ、親友だった奴とと忍び込もうと計画したことがあったが、結局怖じ気づいて止めたんだっけ。
幽霊とやらがいるとは思えないが、夜ってのはやはり人に恐怖を与えるものだと思う。
「着きましたよ」
紅葉がそういい、教室のドアを勢いよく開けた。 考えごとをしていて、周りが見えてなかったな。
教室は、月明かりが差し込んでいて、些か幻想的だった。
「なあ紅葉。 ここに来ていったい――」
「シっ! 静かに」
紅葉は唇に右手の人差し指を当て、横目で言ってきた。
「――さアて、孤独な少女の宵を明かす刻です」
紅葉がなにやら意味あり気なことを言う。
僕は頭上に『?』を浮かべることしかできないのだが……。
「雪。 一応確認して」
「はい。 姉さん」
と言うと、雪の雰囲気が少し変わったような気がした。 目つきが険しくなっている。 すると、雪は目を瞑った。 集中しているのだろう。
「……おっけーです。 確かに居ます」
雪は三十秒ほど目を瞑っていた。
いる? 何が?
「――よし。 さぁ、確認は終わりました。 居るのでしょう? 市橋双葉」
紅葉が放った言葉は、虚無の空間へと散った。 どこに向かって話してるんだ?
しばらくたつと、再び紅葉が口を開いた。
「……自身での制御は不可か。 こりゃあアレをだすしかないかな」
紅葉は頭を抱えた。
さっきから何を言ってるのか全然わからねぇ。
と、紅葉はスカートのポケットに手を入れ、何かを取り出した。 そしてそれを、地面に放り投げた。
「拾いなさい」
と言った。
僕は少し驚いた。 まさかこの何も無い空間に、人がいるというのか。
それは地面に落下し、カランと音をたてた。
石……というか、宝石か?
――僕がそれを認識した刹那、その石は勢いよく宙に浮いた。
予想はしていたが、驚くな。 これは。
――が、僕は石が浮いたこと以上に驚かされた。
その石を持ったとされる手が実態を顕現し、だんだんと人の形を創っていく。
僕はただそれを食い入るように見ていた。
現れた人間は、この学校のものと思われる制服を着ていた。
まさか……。
「市橋双葉、ね」
紅葉の言葉はこれまた予想通りだ。
だが、本当に、彼女が市橋双葉なのか?
「――どうして、わかったの?」
口を開いた彼女の声はか細く、小動物の泣き声のようだった。
紅葉は人差し指をたて、自信ありげにこう言った。

「説明しましょう」

よくある探偵の推理披露シーンか。
「失踪する理由もなく、誘拐の可能性も低かった。 そこが問題だったんです」
紅葉は後ろで腕を組んで話し始めた。
紅葉は年上の人間以外には敬語を使わないことが多いのだが、このように、集団に話す時も決まって敬語になる。
「これで通常起こりうる事件の可能性は否定されました……ですが、もう一つ、隠された可能性があったんです」
ほう。 それはなんと?
居なくなったのではなく、認識されなくなったんです
市橋双葉は目を見開いた。 その目には月明かりに反射した涙が溜まっている。
「認識されなくなった……簡単に言うと、見えなくなった。 そうよね?」
紅葉は市橋双葉に問うた。
双葉は躊躇いを見せるも、すぐに話し始めた。 失踪の一部始終を。
「ほんとに突然だったんです。 私は放課後、一人で残って掃除をしていました。 終わったあとに、教室から出ようとドアに手をかけたんです。 そしたら、ドアが……開かなかったんです。 ドアだけじゃなく、窓も、机も、何も動かせなくなりました」
――絶句。 正直、信じられない。
僕以外の人間は、予想通りと言わんばかりに、無表情を貫いている。
「パニックでした。 電話も持ってなかったので、私はそのまま夜をすごしました……。 でも、私をもっとパニックに陥れたのはこのあとです。 ――誰も、私に気づかなかった。 いえ、見えなかったのでしょう。 私はすぐに気が付きました。でも、物音を鳴らすことができなかった。 人に触れようとしたら、すり抜けるだけだった。 誰も、私を認識できなかった」
彼女は涙を零しながら言った。
「でも、どうして白金さんたちは、私を……」
下を向いて話していた双葉は、再び前を向いた。
そうだ、誰にも認識されなかったのに、なんで気づけたんだろうか。
「勘、です」
おい。
「まあ確証がなかったので、雪を連れてきたんです」
雪を?
「雪はこう見えてもれっきとしたアビリティホルダー。銘は透視。 考えを読み取る力です」
雪は相変わらず無表情だ。
考えを読み取る……そうか。
「例え見えなくても、思考は読み取れる……?」と僕。
「正解です」と紅葉。
双葉はどうやら驚いているようだ。
「多分双葉も、なんらかのアビリティで見えなくなったんでしょうね。 うーん……透過なんてどうでしょう?」
僕に振るなよ。
てか、しれっと下の名前で呼ぶんだな。
「その手に握っている石は瑠璃色の翡翠と呼ばれるものよ。 肌に触れているかぎり、あらゆるアビリティを無効化する力があるの。 だから、その透過の力が制御できるようになるまで、肌身離さず持ってなさい」
紅葉が言った。
そんな力があるのか。 あの石っころ。 便利なもんだな。
と、紅葉が少し口もとを綻ばせた。
「おいおい、まだ何か考えがあるのか」
と問うと、
「ふふっ。 永斗先輩にしてはいいセンスですね」
と答えた。
「じゃ、スペシャルゲストの登場です」
紅葉が言った。
ゲストって、誰だ?
――ガラガラと音を立て、教室のドアが開かれた。
そこには、見覚えのある、双葉と同じ制服を着た少女が居た。
「……双葉!」
少女はそう言って双葉に飛びついた。
「結花……!?」
双葉は
結花……ああ、音無警部の娘さんの、音無結花か。
「話聞いてたよ……ごめんね……何にも気づかなくて……」
「ううん……結花は悪くないよ……」
二人は泣きじゃくりながら抱きあっている。 友情っていいねぇ。 うん。
正直、こんな夜中に女子高生を呼び出したのは紅葉か? どうなんだよそれ。
――教室に二人の号哭が反響する――。

後日、紅葉宅(探偵事務所とか言ってたがそうは見えねぇってか普通の家)に感謝状が届いた。 差出人は言うまでもなく音無結花だった。
「いやはやいい仕事をしましたね永斗先輩」
「僕は納得してない。 なんだアビリティって。 異能力バトルでも始めんのかなめんな」
「無理矢理じゃあないですし、まだ一章なんですから多めに見てあげましょうよ。 異能力バトルなんですからこれ」
「まじかよ」

こうして、僕の初めての事件はあっけなく(紅葉によって)解決された。
だがこれは、まだ序章に過ぎなかったのだ。
この幾何学に塗れた世界には、更なる神秘、謎が隠されている。
そんな大きな気配を、僕は感じていた。
もしかしたら紅葉たちと笑いあえるのも、あと少しかもしれない――なんてな。


――


街中の電気が落とされた丑三つ時、白金紅葉は街の片隅に人知れずいた。
「シロガネは、あの二人でもううんざりなんだ」
紅葉の前には揺れる人の影があった。 陽炎が如く揺れるそれは、人物として特定することはできない。
「やっと会えましたね。
紅葉は闇へと呟いた。
「必ず実体を見つけ出して、貴方を殺す。 待っていてくださいね」
「フン。 ご丁寧なこった。 お前もすぐに、春と夏の後を追うことになるだろう」
影は闇へと消えていった。
そして紅葉はひとり、自らに言い聞かせるようにそっと零した。
「……姉さんたちの仇は必ず……私が――」