菊月或斗@幾何学世界紀行

どうも菊月です。ブログのほうを始めました。小説やアレやコレを投稿していきたいと思ってます。よろしくお願いします。

幾何学世界紀行 第1章『消失少女』 act.3「瑠璃色の翡翠石」

数分後、新見高校に到着すると、やはり二人は既にいた。 紅葉のほうは頬を膨らませて何やら怒っているようだが、雪は校舎を見つめているだけだった。
「もー遅いじゃあないですか」
完全に予想通りの問だ。
何分たったと思ってるんですかとでもいいたげに、紅葉は腕時計をせわしなく叩いている。
僕はこの世界に来る前にも、同じような会話をしている。
「夫婦喧嘩はいいんで早く済ませましょう、姉さん」
雪は至って冷静だ。 が、夫婦喧嘩じゃないぞ。 訂正を頼む。
ところで、紅葉と雪は姉妹なのになんでこんなにも性格が違うんだ?
「ん、そうね。 じゃ、永斗先輩、行きますよ」
紅葉はそう言って、スタスタと校舎に入っていった。
僕と雪は二、三歩遅れてそれに続く。
何故夜に学校へ? と一抹の不安が残るが、紅葉のことだから、きっと何か考えがあるのだろう。
てか、今度こそ不法侵入じゃねえの?
ああ、そういえば、今夜調査させてくれとか頼んでたな。 こいつ。 はなから来るつもりだったのか。
「なあ紅葉、いったい何処に向かってるんだ?」
「彼女のクラスです」
彼女、とは市橋双葉のことか。
それにしても、夜の学校ってのは初めてだな。
小学校のころ、親友だった奴とと忍び込もうと計画したことがあったが、結局怖じ気づいて止めたんだっけ。
幽霊とやらがいるとは思えないが、夜ってのはやはり人に恐怖を与えるものだと思う。
「着きましたよ」
紅葉がそういい、教室のドアを勢いよく開けた。 考えごとをしていて、周りが見えてなかったな。
教室は、月明かりが差し込んでいて、些か幻想的だった。
「なあ紅葉。 ここに来ていったい――」
「シっ! 静かに」
紅葉は唇に右手の人差し指を当て、横目で言ってきた。
「――さアて、孤独な少女の宵を明かす刻です」
紅葉がなにやら意味あり気なことを言う。
僕は頭上に『?』を浮かべることしかできないのだが……。
「雪。 一応確認して」
「はい。 姉さん」
と言うと、雪の雰囲気が少し変わったような気がした。 目つきが険しくなっている。 すると、雪は目を瞑った。 集中しているのだろう。
「……おっけーです。 確かに居ます」
雪は三十秒ほど目を瞑っていた。
いる? 何が?
「――よし。 さぁ、確認は終わりました。 居るのでしょう? 市橋双葉」
紅葉が放った言葉は、虚無の空間へと散った。 どこに向かって話してるんだ?
しばらくたつと、再び紅葉が口を開いた。
「……自身での制御は不可か。 こりゃあアレをだすしかないかな」
紅葉は頭を抱えた。
さっきから何を言ってるのか全然わからねぇ。
と、紅葉はスカートのポケットに手を入れ、何かを取り出した。 そしてそれを、地面に放り投げた。
「拾いなさい」
と言った。
僕は少し驚いた。 まさかこの何も無い空間に、人がいるというのか。
それは地面に落下し、カランと音をたてた。
石……というか、宝石か?
――僕がそれを認識した刹那、その石は勢いよく宙に浮いた。
予想はしていたが、驚くな。 これは。
――が、僕は石が浮いたこと以上に驚かされた。
その石を持ったとされる手が実態を顕現し、だんだんと人の形を創っていく。
僕はただそれを食い入るように見ていた。
現れた人間は、この学校のものと思われる制服を着ていた。
まさか……。
「市橋双葉、ね」
紅葉の言葉はこれまた予想通りだ。
だが、本当に、彼女が市橋双葉なのか?
「――どうして、わかったの?」
口を開いた彼女の声はか細く、小動物の泣き声のようだった。
紅葉は人差し指をたて、自信ありげにこう言った。

「説明しましょう」

よくある探偵の推理披露シーンか。
「失踪する理由もなく、誘拐の可能性も低かった。 そこが問題だったんです」
紅葉は後ろで腕を組んで話し始めた。
紅葉は年上の人間以外には敬語を使わないことが多いのだが、このように、集団に話す時も決まって敬語になる。
「これで通常起こりうる事件の可能性は否定されました……ですが、もう一つ、隠された可能性があったんです」
ほう。 それはなんと?
居なくなったのではなく、認識されなくなったんです
市橋双葉は目を見開いた。 その目には月明かりに反射した涙が溜まっている。
「認識されなくなった……簡単に言うと、見えなくなった。 そうよね?」
紅葉は市橋双葉に問うた。
双葉は躊躇いを見せるも、すぐに話し始めた。 失踪の一部始終を。
「ほんとに突然だったんです。 私は放課後、一人で残って掃除をしていました。 終わったあとに、教室から出ようとドアに手をかけたんです。 そしたら、ドアが……開かなかったんです。 ドアだけじゃなく、窓も、机も、何も動かせなくなりました」
――絶句。 正直、信じられない。
僕以外の人間は、予想通りと言わんばかりに、無表情を貫いている。
「パニックでした。 電話も持ってなかったので、私はそのまま夜をすごしました……。 でも、私をもっとパニックに陥れたのはこのあとです。 ――誰も、私に気づかなかった。 いえ、見えなかったのでしょう。 私はすぐに気が付きました。でも、物音を鳴らすことができなかった。 人に触れようとしたら、すり抜けるだけだった。 誰も、私を認識できなかった」
彼女は涙を零しながら言った。
「でも、どうして白金さんたちは、私を……」
下を向いて話していた双葉は、再び前を向いた。
そうだ、誰にも認識されなかったのに、なんで気づけたんだろうか。
「勘、です」
おい。
「まあ確証がなかったので、雪を連れてきたんです」
雪を?
「雪はこう見えてもれっきとしたアビリティホルダー。銘は透視。 考えを読み取る力です」
雪は相変わらず無表情だ。
考えを読み取る……そうか。
「例え見えなくても、思考は読み取れる……?」と僕。
「正解です」と紅葉。
双葉はどうやら驚いているようだ。
「多分双葉も、なんらかのアビリティで見えなくなったんでしょうね。 うーん……透過なんてどうでしょう?」
僕に振るなよ。
てか、しれっと下の名前で呼ぶんだな。
「その手に握っている石は瑠璃色の翡翠と呼ばれるものよ。 肌に触れているかぎり、あらゆるアビリティを無効化する力があるの。 だから、その透過の力が制御できるようになるまで、肌身離さず持ってなさい」
紅葉が言った。
そんな力があるのか。 あの石っころ。 便利なもんだな。
と、紅葉が少し口もとを綻ばせた。
「おいおい、まだ何か考えがあるのか」
と問うと、
「ふふっ。 永斗先輩にしてはいいセンスですね」
と答えた。
「じゃ、スペシャルゲストの登場です」
紅葉が言った。
ゲストって、誰だ?
――ガラガラと音を立て、教室のドアが開かれた。
そこには、見覚えのある、双葉と同じ制服を着た少女が居た。
「……双葉!」
少女はそう言って双葉に飛びついた。
「結花……!?」
双葉は
結花……ああ、音無警部の娘さんの、音無結花か。
「話聞いてたよ……ごめんね……何にも気づかなくて……」
「ううん……結花は悪くないよ……」
二人は泣きじゃくりながら抱きあっている。 友情っていいねぇ。 うん。
正直、こんな夜中に女子高生を呼び出したのは紅葉か? どうなんだよそれ。
――教室に二人の号哭が反響する――。

後日、紅葉宅(探偵事務所とか言ってたがそうは見えねぇってか普通の家)に感謝状が届いた。 差出人は言うまでもなく音無結花だった。
「いやはやいい仕事をしましたね永斗先輩」
「僕は納得してない。 なんだアビリティって。 異能力バトルでも始めんのかなめんな」
「無理矢理じゃあないですし、まだ一章なんですから多めに見てあげましょうよ。 異能力バトルなんですからこれ」
「まじかよ」

こうして、僕の初めての事件はあっけなく(紅葉によって)解決された。
だがこれは、まだ序章に過ぎなかったのだ。
この幾何学に塗れた世界には、更なる神秘、謎が隠されている。
そんな大きな気配を、僕は感じていた。
もしかしたら紅葉たちと笑いあえるのも、あと少しかもしれない――なんてな。


――


街中の電気が落とされた丑三つ時、白金紅葉は街の片隅に人知れずいた。
「シロガネは、あの二人でもううんざりなんだ」
紅葉の前には揺れる人の影があった。 陽炎が如く揺れるそれは、人物として特定することはできない。
「やっと会えましたね。
紅葉は闇へと呟いた。
「必ず実体を見つけ出して、貴方を殺す。 待っていてくださいね」
「フン。 ご丁寧なこった。 お前もすぐに、春と夏の後を追うことになるだろう」
影は闇へと消えていった。
そして紅葉はひとり、自らに言い聞かせるようにそっと零した。
「……姉さんたちの仇は必ず……私が――」

幾何学世界紀行 第1章『消失少女』act. 2「アビリティ・ホルダー」

「おっ、紅葉ちゃんじゃねぇか」
紅葉の案内の下、僕と紅葉は警察署へとやってきた。 警察署は、日本(前の世界)のそれより少し古風、否、中世ヨーロッパのような雰囲気すら感じさせる。
と、警察署から誰かが出てきた。
迎えたのは、僕達が会いに来た相手である、音無伸司だった。
「音無警部! お久しぶりです。 ちょうどいいところに来ましたね流石です」
と紅葉。
「なんか話か? ……って、隣の男、彼氏か?」
音無警部だ。 声はそれなりに低く、がたいはなかなかにいい。
しかし、決して彼氏ではない。
「そうなんですよ」
と紅葉。 またそのネタか。
違いますよ。
「そうか! そりゃあ良かっ――」
音無警部が言い終わる前に、僕の拳は紅葉の脳天に直撃した。
「違いますから!」
紅葉の痛いという声は聞こえなかった。 うん。


「あぁ、あの失踪事件か」
いろいろとあったが、音無警部に会いに来た理由をひととおり説明し終えた。
僕たち三人は、警察署のある部屋へと入り、そこで話し合うことになった。 部屋は、テーブルと椅子、窓だけであり、白で統一されている。
「結花から聞いた時は俺も驚いた。 市橋双葉。 結花の友達だ」
音無警部が言った。 そういえば、依頼主の音無結花の父親だったか。
警部はさらに続け、
「正直言って、殆ど情報が無いんだ。 両親は幼い頃に他界しているらしく、捜索届も出ていなかったからな」
と言った。
「結花から聞いたんだが、市橋双葉は大人しい性格で、社交的ではなかったそうだ」
「社交的ではなかったと……」
二人は表情を曇らせた。
このままじゃ埒が明かないな。
僕は思考を巡らせ、考えたことを片っ端から言うことにした。
「家出とかじゃないんですか?」
音無警部に問う。 すると、音無警部ではなく、紅葉が答えた。
「両親は他界してると言っていたじゃないですか。 家出はないです」
「一番考えられるのは誘拐だが、両親のいない市橋双葉を誘拐しても、身代金は期待出来ないだろう」
じゃあ他には?
「無差別誘拐もありうるが……」
「――No.0
紅葉? 今なんて言った? 聞き覚えがないが……。
と、音無警部が、
「おいおい紅葉ちゃん、さすがにそれはないだろう」
と言った。
No.0? 何かの合言葉か?
たまらず僕は紅葉に質問した。
「なあ。 さっきから言ってるその、No.0ってのは何なんだ?」
紅葉は僕の方を向き、一瞬躊躇いの目を見せたが、すぐに俯き、溜息を吐いた。
「しかたない。 説明しましょう」
紅葉は目を閉じたまま言う。
「No.0の前に、それの元となる話をします。 それは、アビリティと呼ばれるものです」
アビリティ? ゲームでいうところの属性みたいなものか?
「そんな生半可なものではないですね。 簡単に言うならば、異能力です」
紅葉は右手の人差し指をピシッと立てた。
なるほど、異能力ときたか。
「待ってくれよ。 そんな話信じられるか」
「以前、永斗先輩がこの世界に来た時に少し話したでしょう? この世界には、妖怪やあやかしがいると」
確かにそんなことも言ってたな。
まだ見てないから信じられないが、この世界では異能力まであるというのか。
――と、突然机の上から何かが降ってきた。 降下物は机に落下し、ガシャと音を立てた。
……刀か?
よくみるとそれは、刀のような形をしていた。 ような、というと、僕も本物を見たことがないからだ。
「刀です。 今、私が、異能力で出しました
紅葉が言った。
紅葉が出したって?
「これが私の、いえ、白金家の人間の持つアビリティ、投影です。」
「俺も久しぶりにみたな」
どうやら音無警部はすでに知っていたようだ。
それにしても、何も無い空間から突然刀が降ってきたんだ。 紅葉の言っていることを信じるしか……ないな。
「それで、話は戻ります。 No.0。 それは、アビリティを持つ者、《アビリティホルダー》を集めた、テロ組織です」
紅葉は一切表情を変えずに言った。
音無警部は少し、表情が険しくなったようにみえる。
「ん? それがいったい何の関係があるんだ?」
と、僕。
「俺もわからないな」
と、音無警部。
紅葉は、ふふっと不敵に笑い、
「説明しましょう」
と言った。
「市橋双葉が失踪した黒幕に、No.0がいるということです」
「え?」
「ようするに、市橋双葉のアビリティが突然覚醒し、学校前に誘拐されたということです」
!! なるほどな。
話の要点が掴めた。
「無くはないが……」
音無警部はまだ納得できていないようだ。
「はい。 あくまで可能性の域を出ませんし、その可能性も0に近いですね」
紅葉は苦笑いをした。
「確かにそうだな。 僕も他のことのほうが有り得ると思う」
「行き詰まってますよね……」
僕たち三人は皆一斉に溜息を吐いた。
「なぁ、ところでなんだが」
重い空気だったが、最初に口を開けたのは音無警部だった。
「永斗くん。 一人称と口調が合ってない気がするんだけど」
「……気のせいですよ。 きっと」
そんな話か。 正直、そこには口を出さないでほしい。
この日はこれでお開きとなった。
音無警部は、後日また会おうと言っていたので、向こうから連絡があるだろう。
いざ帰るときに、紅葉が「あ、ちょっと待っててください」と言い、音無警部の元へ向かった。 すぐに戻ってきたのだが、何を話していたのだろう。


家(紅葉の家だから自宅ではない)に帰り、俺はそのまま使わせてもらっている自室へと向かった。
自室にはいり、僕はそのまま布団に寝転んだ。
少し休んで、考えをまとめたい。
一番気になっているのは、アビリティについてだ。 やはり、異能力というからには、僕も少し気になる。
紅葉は、『投影』というアビリティを使っていた。 おそらくだが、物体を元にした偽物を浮かび上がらせる、または、作り出す力。
白金家の人間のアビリティと言っていたからには、雪も使えるのだろうか。
それと、市橋双葉が本当にアビリティホルダーとなっていて、その……なんてたっけ、ああそうそうNo.0だ。 そのテロ組織に誘拐されていたとしたら。 紅葉はどう立ち向かうのだろう。 音無警部と知り合いだったことや、高校生にも有名だったことから、以前にも事件解決などの功績をあげているのだろう。
……あぁ、眠くなってきた。 少し、仮眠でもとるか……。



「起きてください先輩!!」
どこからか声がする。 ああそうか、寝てたんだった。
「起ーきーてー!! ください」
紅葉の声だ。 なんだ、うるさいな。
気だるい体にムチをうち、手を床について起き上がる。
起き上がると、目の前には紅葉と雪がいた。
「よう白金秋冬姉妹。 なんのようだ」
「高校に行きます」
と、雪。
高校? また後日じゃなかったのか。
「事態が変わったので、とにかく新見高校にと」
新見高校に? 音無警部が呼んでるとかかな。
「ほら、早く行きましょう先輩」
紅葉がこちらに手招きをしながら自室をでていく。
雪は溜息を吐きながらそれについていった。
……連れ回されてるのかな。
バタンという音と共に、ドアが盛大に閉められた。
さて、もう一眠りしようか。
いや、本当に音無警部だったら申し訳ないから、ついていこうか。
嫌々ではあったが、俺は重いドアを開けた。
家を見回したが、既に二人の姿は無かった。 先に行ったのか?

幾何学世界紀行 第1章『消失少女』act.1「名探偵・紅葉」

―1―
翌日、記念すべき最初の依頼が舞い込んできた。記念するほどの事ではないし、できるならばさっさと元の世界に帰りたいのだが、そうもいかないのがこの世界だ。
僕、望月永斗が迷い込んだ街の正式名称は「帝都リベリオン」という。この名前は紅葉曰く、はるか昔に都民の反乱が起き、街が滅亡寸前まで追いやられたことが由来らしい。日本人がほとんどなんだから漢名でいいのにな。ちなみに都名であるリベリオン以外は全て漢字の地名になっている。他の街も、都名だけはカタカナ表記だ。最早意味がわからない。
白金紅葉は、この街で「何でも屋」をしている。手紙や電話で依頼を受け、依頼を完了し、それに応じた金額の報酬を頂くという、現実世界で言う「探偵」のような仕事だ。
今朝、白金家のポストに1通の手紙が届いた。それなりに綺麗な手書きの文章だった。内容は、
『私は新見高校の学生です。私の学校では先月から「学校の七不思議」が流行っていました。それで、いろいろな生徒がそれを確かめに夜な夜な学校に忍び込むこうになっています。先週、私の友達も学校に忍び込んだです。でも、それ以来何故か学校にも来ないし、姿を見ないんです。何かあったとしか思えないんです。調べてもらえないでしょうか。』
というものだった。
「これは調べてみるしかないですね!」
という紅葉の独断で、この依頼を受けることになった(のちのち気づいたのだが、こいつは依頼を断るなんてことをしない)。


「私たちも新見高校に忍び込みましょう」
「なんでいきなり忍び込むんだ」
「善は急げです。さあ行きましょう!」
僕の意見は完全無視かよ。
「でもさ、学校の怪談の類って、夜中じゃないのか?」
「んー、そうですね。じゃあ夜にしましょう」
こうして、その日の夜、僕らは新見高校前で待ち合わせをする事になった――。


夜になるまでに一度見に行ってみようと思い、僕は新見高校へと向かった。新見高校は街の中心からほど近く、白金家から徒歩十分程度の場所にあるそうだ。
「どこか外出ですか」
身支度を始めると、白金雪が話しかけてきた。メガネをかけており、いかにも秀才そうな雰囲気をしている。
「あぁ、新見高校を下見しようと思ってな」
「そうですか、気を付けて行ってきてくださいね」
「ああ」
この娘は将来いいお嫁さんになるんだろうな、などとくだらない考えが浮かんでくる。口に出していたらどんな顔をしただろうか。
「紅葉姉さんも何処か出かけましたけど、ばったり会ったりしそうですね」
「え、紅葉のやつ、もう出かけてたのか。そういえば居ないな」
「無駄に存在感無いですからね、姉さんは」
ふふ、とお互い笑ってしまった。


家を出、街の中心へと向かう。やはり、中心に向かうにつれて人が多くなっている。
今日は休日らしく、高校生と思わしい人も沢山いた。
しばらく歩き、新見高校に辿りついたが、ここで疑問を感じる。
――白金紅葉はどうやって入るつもりなんだろう。初歩的ではあるが、まさか不法侵入ではないだろうな……。
と、考えていると、門から紅葉が出てくるところが見えた。やっぱりいやがったか。
「おい紅葉!」
「あ、永斗先輩? なんでいるんですか」
声を聞くと、笑顔で手を振りながらこちらに近づいてくる。……ちょっと可愛いなと思ってしまった自分が悔しい。
「僕は新見高校を下見しておこうと思ってきたんだ。お前こそなんで門から出てきたんだ?」
「ここの校長に、今夜ここの学校を調べさせてくださいと頼んで来たんです」
「それで?」
まあ聞かなくてもわかる気がする。コイツのむちゃぶりに応えられるほど、安い世の中ではないだろう。
「おっけー、もらいました」
「嘘だッ!!」
「嘘じゃないですよもう」
信じられない。というよりかは信じたくない。無理やり押しかけて来たやつにあっさりと許可を出すなんて、ここの校長はなんつー神経してやがるんだ。
「この街で『白金紅葉』の名を知らない者などいませんよ」
「いくら嘘を重ねられてもなあ……」
と、返すと、門から部活帰りと思わしき女子グループが出てきた。
「……あれ、探偵の白金紅葉じゃね?」
「マジ? ……うわっ本当だ。本物初めて見た」
「じゃああの男誰? まさかカレシ?」
……聞かなかった事にしようか。
「聞こえました?」
「いや、全然聞こえなかったな。全然」
「聞こえてたみたいですね。まあそういうことですよ」
仕込まれているとも思えないし、どうやら本当の事のようだ。てか、探偵ってことになってんのかこいつ。
「何でも屋なんて名前、ダサいじゃあないですか。なんで、探偵と名乗ってるんです。永斗先輩は助手ですよ助手。誇りに思ってくださいね」
「誰が思うか」
「キャー冷たい永斗先輩もカッコイイデスネ」
うざい。
「てか、お前忍び込むとか言ってなかったか?」
「あ、せっかく永斗先輩が来たんですし、もう少し調査しましょう!」
スルーかよ。華麗すぎるスルーは時に人の心を傷つけるぞ。
「調査って、何をするんだ?」
ここはこちらも何もなかったように振舞おう。
調査か。まあ聞かなくてもわかる気がするが。どうせ、『調査は調査です。まずは聞き込みから行きましょう』とでも言うんだろう。
――予想は見事に的中した。紅葉は、手紙の主と、消えた生徒の名前ぐらいは突き止めないと話にならないらしい。
正直のところ、手紙を送ってくるなら名前ぐらい書いといてくれ。
校内に入ると、部活で来ている生徒たちがわんさかと寄ってきた。本当に人気者なのか? こいつ。人気なのは分かったが、僕をかってに彼氏にするな。騒がれるじゃないか。
僕と紅葉は失踪した少女のいたクラスに向かった。
「あ、白金紅葉さんですか!? 私、ファンなんです!」
と、一人の女子高校生が近寄ってきた。カレシですか? と聞かれるのも嫌だが、完全にスルーされるのはそれはそれで悲しくなるな。
「今日は何しに来たんですか?」
「調査よ調査。そうそう、一週間ぐらい前から誰かが行方不明になってない?」
「……」
さすがにストレートすぎるんじゃあないかい。
この言葉をきっかけに、周りは静まり返った。ほれ、言わんこっちゃない。
場は静寂に包まれた。
「双葉、市橋双葉です」
静まり返った雰囲気を打ち壊すように、その少女は言った。
どうやら失踪した少女の名は市橋双葉というらしい。
「私です。あの手紙を送ったのは」
「貴女? 名前ぐらい書いといてよね。わかんないからさ」
「あ、すいません」
「で、名前は?」
紅葉が問うた。
「私は音無結花といいます」
「結花ね、おっけーおっけー」
なんで僕以外の人間にはそんな態度なんだよ。
この後は、市橋双葉の失踪前の様子などを聞いていた。紅葉が途中、窓の方を見て固まっていたので、「何してんだ」と聞くと、「ん、何でもないです……多分」と返してきた。まじで何なんだこいつ。
「あ、紅葉さん。事件のことなら私のお父さんに聞いてみてください。『鬼の音無』って呼ばれてる刑事、知ってますか?」
結花の父は警察官なのか。それも鬼の音無って異名持ちの警察官。
「音無警部のことね。あの人担当だったんだ」
紅葉は知っているようだ。
「うぅん、よし、永斗先輩! 警部に聞きに行きましょう!」
やっぱりな。
「へいへい」
と曖昧に返し、紅葉に続いて教室を出ようとする。すると、
「あの紅葉さん! その永斗先輩って人、彼氏ですか?」
結花が聞いてきた。市橋双葉の話の時とは目の輝きが違っていた。
「そう思う? 実はその通りなの」
「うん違うよ? 僕と紅葉はそんな関係じゃないからね?」
「でも、同じ家に帰ってるところ見たって……」
もう出回ってるのか。スター扱いだな紅葉。てか、おそるべし高校生ネットワーク。
「もうそれでいいよ……」
「あ、永斗先輩諦めましたね? もう、往生際の悪い」
ダメだこいつ、早く何とかしないと。
人の集まっていない教室の隅で、カタッ、と音がした。……風だろうか?
僕と紅葉は鬼の音無こと、音無伸司の元へ向かった。

幾何学世界紀行 序章『再会』

今生きている世界以外に、別の世界があるなら――そんな、「鏡の世界」に迷いこんだ、1人の男のお話。

―0―
望月永斗は混乱していた。いつも通りに、22時きっちりに寝、朝起床したはずだった。しかし、目に飛び込んだのはいつも見ていた自室の天井ではなかった。が、見覚えがない訳ではなかった。永斗は大学生のころに、とある教授に「鏡世界」と言われる別世界について教わったことがある。その時に見せてもらった本に書いてあった街の風景が、今目の前に広がっているのだ。
それよりも、驚いたのは他にあった。――寝ていたという感覚がない。まるでただ目を閉じていただけのように。例えるなら、瞬きの間に風景が変わった気分だ。
どこかの道路の端に立っていた僕に
「――あれ、永斗先輩ですか?」
と、突然声をかけられた。
「誰――って、なっ!?」
「あーっ! やっぱり永斗先輩じゃないですかヤダー!」
「く、紅葉……?」
これが、僕の運命を(悪いほうに)大きく変えることになる出会いとなるのだった。


白金紅葉と再会した僕は、とりあえず落ち着いて話せる場所に移動しようと提案した。すると紅葉は、「私の家でいいですか? ここから近いですし」と言った。多少の不満はあったが、僕は了承した。今は紅葉の家に移動中だ。
「イヤーまたまた永斗先輩と会えるなんて思ってもいませんでしたよもー」
紅葉は笑いながら僕の肩を叩く。
「僕だって君とまた会えるなんて思わなかったけど。呪われてるのかな」
「そんなことより永斗先輩、こっちに来るなら言ってくださいよ」
言えるわけがないだろう、と心の中で毒づいた。
こいつ、白金紅葉は僕の一つ下で、高校大学と同じ学校に通っていた。帰り道が同じだったことから、よく一緒に帰っていた(紅葉が一方的に話してきて、僕が曖昧に返すだけだが)。
しかし、別れは突然やってきた。大学二年の冬、白金紅葉は忽然と姿を消した。まるで、もともと存在しなかったかのように。
「ちょっとどうしたんですか、だんまりしちゃって」
「あぁ、ちょっと考え事してた」
「あ、私に会えて嬉しいんですねワカリマス」
「分からないな」
「エーそりゃないですよもう」
僕は、ああそういえばこんな奴だったなあと思った。
「なあ紅葉、一体此処はどこなんだ。まさかとは思うが、」
次の言葉を発する前に、紅葉は「そのまさかですね」と答えた。
「ここは『鏡世界』と呼ばれる異世界です。妖怪、あやかし、魔などが人間と共存する不思議な世界ですね。先輩もあの変人教授から聞いたんですか?」
「ああ」
「やっぱりですか。まぁそれはいいとして」
一体何がいいんだ。
「永斗先輩はこのあとどうします?」
それを僕が聞いてるんだが。
「住むところもないですし大変じゃあないですか?」
「待て、住むところもないって、僕がここに住む前提で話をしないでくれ」
「えーだってそんな早くに帰れないですよ?」
「え?」
「え? じゃないですよ」
「とまあ話は戻りますが住むところもないって大変じゃあないですか?」
なんと強引な。
「まあ大変だな」
「なので私と一緒に住みましょう」
いきなり何言い出すんだこいつは。
「いいじゃないですか。食事と寝床が手に入るチャンスですよ」
「なんでまたお前の家に。他にも……」
「他にも?」
「……」
僕の無言の前に、紅葉はにんまりとして「ないじゃあないですか」と答えた。
「この世界のことなら私の方がよく知ってますし、そういうことで行きましょうよ」
「……しかたないか」
「ん? なんか言いました?」
なんにも、と答えようとするが、その言葉は紅葉の言葉に遮られた。
「着きましたよ」
「思ったより早いな」
「さ、入ってください」


「あ、おかえりなさい」
「ん、ただま〜」
家に入ると、早々に誰かが迎えてくれた。紅葉は一人暮らしではないのか。
「妹の雪です。この家では二人で暮らしてます」
へえ、とテキトーに返してやった。
三人はリビングへと向かい、僕の向こうに紅葉と雪が並ぶように座った。
「あ、雪。この人は望月永斗さん。今日から私たちと一緒に住むのよ」
「あれ、紅葉姉さん彼氏いたんだ」
「まあね」
まあねじゃねぇよ誤解されるだろう。
「えっと、妹の雪さんでしたっけ。望月永斗です。よろしく。それと、僕とこいつは付き合ってないから」
「雪でいいですよ。敬語も結構です。よろしくお願いします」
「さて、永斗先輩。話の続きを」
「なんの話だ」
「これからについてですよ」
これから、か。ずいぶんとアバウトなことだ。確かに、生活・仕事・etc……考えなければならないことは沢山ある。
「生活はここに住むところが決定したのでいいでしょう。問題は仕事です」
「お金は現実と同じなのか?」
「はい。あ、大事なことを言い忘れてました」
なんだ。話を変えるならもう少し丁寧にしてくれ。
「この世界はほぼ現実と隔離されています。そして、国という概念がなく、ところどころに街がある感じです。それと、一番大事なのは――この世界の人間はほぼ日本人です」
ほぼ日本人? どういうことだ。
「永斗先輩みたいに突然迷い込むのが日本以外では起きてないみたいなんです。日本にいた外国人が来ることもありますが、ほとんどいません。さっきは会いませんでしたが、この世界にもそれなりに歴史があるので、結構人はいますよ」
確かに大事な話だな。まとめると、
・この世界の人間はほぼ日本人であるということ。
・国はなく、街が集まった世界ということ。
・ちゃんとした歴史があるということ。
といった具合か。
「話は戻りますが」
やはり強引だな。
「仕事についてなんですけど、これは永斗先輩しだいです」
「ん? どういうことだ?」
「一番手っ取り早いので、私と働くというものが、」
「却下だ」
「話ぐらい聞いてくださいよ」
「お前のすることだ。どうせ碌でもないに決まってる」
「そんなことないですよ」
「じゃあなんだ。言ってみろ」
「探偵……とは違いますが、探偵という表現が近いと思います」
「探偵?」
「探偵というよりかは何でも屋ですね。依頼されたものをこなす、簡単なものです」
ふーん、と半分笑うように言った。紅葉は少々ふくれっ面になっている。
「最近多いのは、なくしたものを探したり、妖怪の討伐とかですね」
「妖怪の討伐? なんだそれ」
「あ、興味持ちました?」
紅葉の顔に笑みがこぼれた。
「やりたくはないがな」
「いや、やりましょうよここは」
「やらないな。それより、近くでバイトとか、」
「一緒にやってくれないとここに住ませませんよ」
最悪の手段を用いてきやがったな。お前はどこぞの詐欺師か。
「はいはいわかりましたやればいいんでしょやれば」
「わかればいいんです」
こいつにはこれが手っ取り早い。それに、この世界に関して僕は無知だ。紅葉に任せていれば大丈夫だろう。
先程は呪われているなどと言ったが、ここは前言撤回しよう。妖怪やらなんなやらがいる世界で、紅葉と会えたのは完全にラッキーじゃないか。天は僕に味方したのだ。――と、考えるしかないか。
こうして僕の異世界紀行一日目は終了した。


――続く

秘封倶楽部と揺蕩うセカイ #4

―7―
「なんていうか……すごい……コレジャナイ感が……」
「幻想的じゃないと言ったら嘘になるけど……」
私たちは博麗神社裏から境界を越えることに成功した。が、超えた先、境界の向こうには、一面黒の世界――木や空など、全てが暗い色で包まれている――があった。
「現実の神社もボロっちぃけど、ここはだいぶ酷いわね。 核戦争でもあったのかしら」
メリーが神社の柱を指でなぞりながら言った。
「ところで、これからどうすんの?」
菫子がメリーに向けて言った。おいおい私には見向きもしないのか。私はあからさまに不満そうな顔をした。
「ちゃんと神社に出れたってことは、この先に街があるってことじゃない? 歩きましょう」
ほぼほぼ間を開けることなく、メリーが即答した。やはり、頭の回転が早いなと、つくづく思う。
そうして、私たちは街に――まだ街があるという証拠はないが――向かうことに決まった。


――そこは最早街とは言えないような、殺風景な場所だった。焼け落ち、ボロボロになった家が並んでいる。空襲のあった場所はこんな感じだったのだろうか、と思った。
「……ほぼ全壊ね」
独り言のように菫子が呟いた。
が、私にはまだ希望が見えていた。希望……というよりか、唯一人気のある――窓から明かりが漏れていた――家を見つけた。
「少し遠いけど、あそこの家、微妙に光が漏れてない?」
メリーは頷きながら、
「……うーん、よく見えないけど、それっぽいわね。 てか、蓮子見えるの?」
と言った。私は、
「まあ視力には自信があるからね」
と、呟いた。そして、私たちはその家に向かうことにした。
その家は所謂街角にあったため、少し歩くことになった。
歩いているうちに、夜が近づいてきた。私は、空に浮かび上がった月を見て、今居る場所を特定した。
「えっと……一応日本みたい。 幻想郷じゃないみたいね」
「相変わらず気持ち悪い目ね」
メリーが苦笑いしながら言った。
「貴方も異能力者だったのね」
菫子は驚いたような顔をしていた。……わからなくもないが。
歩くこと数分。目的の家にたどり着いた。インターホンは見つからない。私は、思い切って呼んでみることにした。
「誰かいますかー?」
……暫く待ったが、中から返答はなかった。
「すーいーまーせーんー!」
隣のメリーが叫んだ。
すると、家からドタドタと大きな音がした。ガチャ、と勢いよくドアが開いた。――現れたのは、1人の少女だった。
「ハァ……ハァ……あ、あなた達は……誰?」


「……なるほど、そんなことが……」
少女は名を冴月麟と言った。親と乗っていた飛行機で飛行機事故に遭い、気がつくと、見たことのない世界にいたと言う。見た目こそ小さいが、歳は私たちと同じかそれ以下らしい――色々な世界を周り、時間軸がわからなくなってしまった――。冴月は、離れ離れになった両親を探すために色々な世界を歩き回っていた。冴月の両親は、結界についての研究をしており、結界を目視できるメガネを作っていた。冴月は両親からそれの試作品を貰っていた。この世界にとどまっていたのは壊れそうだったメガネを治すためだった――技術は両親から教わっていた――。
「それにしても驚きました。 まさか人に会うなんて」
「私たちもあまり人にはあわないものね」
私はメリーに問いかけた。メリーは、小さく首を縦にふった。
「てか、また私最年少か」
菫子が今にも消えそうな声で呟いた。メリーと私は、少しだけ笑った。
「あ、そうだ。 えっと……麟だっけ? それ、いつ治るの?」
私は、メガネを指差しながら言った。サングラスみたいだなと思った。
「まだ暫くかかりそうです」
「そう、じゃあ……」
「私たちと一緒にこない?」
私が言おうとした刹那、隣のメリーが言った。横取り止めて。
「ありがたいんですが……」
「ああ、そのメガネならいらないわよ。 私普通に見えるし」
メリーが当然でしょうとでも言いたげな表情になった。冴月は信じられないようで、少し顔に陰りがみえた。
「まあ信用ならないならついてきなさい。 嘘か真かはその目で確かめなさい」
やはり人を乗せるのがうまい奴だな、と私は感心した。冴月は、戸惑いながらもついていくことにしたようだ。


「んーこのへんね」
私たちは博麗神社裏へと到着し、今から帰還するところ。すっかり夜は更けていて、あたりは真っ暗だった。
「――っ、すごい」
冴月がメガネに指を当てながら言った。メリーが示した結界は確かなようだ。……サングラスみたいな見た目だけど、この暗さでよく見えるな……。
私たちはその結界に足を踏み入れた。境界を超える時、一瞬なのかはわからないが、意識を失ってしまうのにはどうも慣れない。そんなことを考えているうちに意識はプツンと途切れた。


――目を覚ますと、夜なのにも関わらず、街はとても明るかった。何事かと目を擦ってみる――街が燃えていた。
「蓮子!? 起きた!?」
メリーの呼ぶ声がする。随分と焦っているようだ。
「どうかしたの?」
1度深呼吸をし、冷静になろうと試みる。
「ここにいたらまずいわ! 今までとは比べ物にならない大きさの結界が崩壊してる! 巻き込まれたら終わりよ!」
「――終わりと言われてもねぇ」
口を挟んできたのは菫子だった。以外にも、1番冷静なようだ。
「どうするんですか……?」
冴月は少し動揺していた。声が震えている。
「どうしようかしら……」
燃え盛る街を観ながら話し合いをしているのだが、周りから見ると異様な光景だろうか。冷静すぎると言われてもおかしくない。
「――助けてやろうか?」
突然、だが聞き覚えのある声。声の主の方向へ目を向けると、博麗神社の屋根の上に、あの紅白巫女が座っていた。
「私はどうでもいいのだけど、紫の奴が聞かなくてねぇ。 しゃあない、助けたる」
頭を掻きながらたいそう面倒くさそうに言った。……紫?
「さぁて、こっちの世界に招待するわ。 どこに飛ぶかは知らないけどまあ死にはしないでしょ。 んじゃ、またいつか」
「待っ――」
そこで再び意識が途絶えた。



―8―
――マエリベリー・ハーン

「いてててて……ん……んぁ?」
頭を売ったような衝撃。朦朧とする意識の中、周りを見回す。――森の中だろうか? 辺りに人は居ない。どうやらはぐれてしまったようだ。
「うーん……どこだろ……」
蓮子がいれば場所がわかるのに……。立ち上がり、もう一度周囲を見回すが、人影はない。とりあえず歩こうか……。
「――ん? 人間か?」
突然、背後から声をかけられる。声のする方へ体を回すと、そこには一人の少女がいた。金髪で帽子をかぶっており、箒を持っている――魔女、そう言うに相応しい姿だった。
「こんな所でなにしてんだ?」
「ちょっと友達とはぐれてしまって」
見たところ年下だろうが、随分と馴れ馴れしい対応をされ、少し頭に来る。――蓮子と初めてあった時もそうだったか。
「おいおい連れがいるのかよ。 で、どこから来たんだ? 送ろうか?」
「それが……わかんないです」
「わかんない……? ――迷い込んだのか……うっし、じゃ、わたしんち泊まっていきなよ」
「泊まっていく? いや、ありがたんだけど、さすがに……」
「――友達、探したいんだろ?」
……図星だ。あまりに突拍子のない話だったが、彼女なりの親切なのだろうか。それとも何か考えがあるんだろうか。
「そう不安そうな顔するなって。 私は結構親切だぜ? もう夜も遅いし、悪くない話だと思うんだがな?」
「……そうね、お言葉に甘えて、泊めさせてもらうわ」
「おうし、私は魔理沙霧雨魔理沙。よしく!」
魔理沙はグッと親指を立てて、はにかんでみせた。
驚くほど話ができすぎているが、ただの偶然なのだろう。私はそう解釈した。
――時刻は21時19分。全員集合まで、残り10時間33分。


――宇佐見菫子

私は壁に寄りかかっていた。意識が朦朧とし、しばらく視界が曇ったままだった。
前方に森が広がっている。背後には大きな館――紅に染まった、とても大きな館だった――がそびえ立っていた。塀沿いに歩いて行くと、門にたどり着いた。これほど大きな館なのだから、門番くらい居てもいいと思うのだけど。
門に手をかけようとした刹那、門が開き、思わずバランスを崩してしまった。
「うわっと」
「おっと、大丈夫ですか?」
バランスを崩した私を支えてくれたのは、メイド服を着た少女だった。
彼女の名は十六夜咲夜という。この屋敷、紅魔館のメイドをしているらしい。
私と咲夜は屋敷の主である人物のいる場所へと向かった。今は食事中らしいので、少し待ってから行こうかと提案したが、問題ないとのことだった。
「全く、今日は客が多いわ」
「客が多い?」
「貴女の他に3人ほど。2人は如何にも怪しそうだったから私が追い返したけど、1人はお嬢様にひどく気に入られて。お嬢様と一緒にお食事中ですわ」
「へぇ。私は怪しそうに見えないの?」
何も言われずに屋敷の中に案内されていて、心做しか不安だった。
「あら、私の勘は鋭いのよ」
「そう」
「ところで、貴女名前は?」
「宇佐見菫子」
「ふーん」


「あ、菫子さんお久しぶり……って程でもないですね」
先客は冴月麟だった。冴月は、この屋敷の主に、この世界に来た経緯を話したところ、「面白いじゃない」と、気に入られたようだった。
「ん、貴女。冴月の知り合い?」
「あっはい、宇佐見菫子と申します」
「あぁ、貴女が菫子なのね。私はレミリアレミリア・スカーレットよ。よろしく」
レミリアと名乗った少女は、そう言ってニヤッと笑った。
――何者だ? こいつ。背中から生えた羽。笑った時に見せた八重歯。吸血鬼を連想させる少女が、この屋敷の主? 嘘だ。こんな小さな少女が、こんな大きな屋敷の主な訳がない。
「こんな小さな少女がこんな大きな屋敷の主な訳がないとでも思ってる? 残念ながら、私はもう500年以上生きているの。私は吸血鬼だから」
私は驚愕した。まるで心を読まれたように、彼女は私の聞きたいことを全て答えた。
「話は冴月から聞いてるわ。どうぞ、貴女も食べていって?」
「美味しいですよ」
「じゃあ、遠慮なく」
気がつくと、そこに咲夜はいなかった。ドアの音は聞こえなかったのだけど……。


「ふーごちそうさまでした」
「美味しかったです」
「それは良かった。そうだ、貴女たち、今日泊まるところは?」
「ない、ですね」
「じゃあ、泊まっていきなさい」
レミリアは、全てを見透かしたような目をしている。
咲夜、部屋を用意して。2つね」
咲夜? この部屋に咲夜さんはいないのだけれど。――瞬間、レミリアの横に咲夜が現れた。
「承知しました」
そう言い残し、咲夜は消えた。私――恐らく冴月も――は今起きた事を理解できていなかった。
「驚いた? 咲夜はね、時を止められるの。でも――」
時を止められる? ということは、咲夜は人間じゃないのか。
「――貴女たちもたいして変わらないでしょう?」
――何故知っているんだ? 確かに私は俗に言う超能力者だ。私は好んでは使わないので、蓮子やメリー、冴月の前では力を使っていない。未来から来た蓮子たちは知っていたとしても、冴月は知らないはず。じゃあ――レミリアはなんで知っているんだ?
「お部屋が準備できました。どうぞ」
ドアの前に咲夜が現れた。やはりドアの音はしなかった。


咲夜さんって超能力者か何かなの?」
「違うと言ったら嘘になるけど」
「因みに私は超能力者よ。きっと」
「そうなの」
「物を動かすとかそのへんね。私は嫌いだけど」
たわいもない話をしていると、私たちの泊まる部屋に到着した。


しばらく部屋にいると、ノックもなしにレミリアが入ってきた。
「そうそう、言うの忘れてたけど、明日は博麗神社に行くといいわ」
「博麗神社? なんでまた」
「そこに行けば……蓮子だっけ? そいつらと会えると思う」
「……ありがとうございます」
「感謝なら冴月にしなさい。外の世界の人間に私がここまで優しくするの、たぶん初めてよ」
……つくづくわからないな、と思った。


――「……さすがでした。お嬢様」
「まあね。これでも紅魔館の主だから。そういう咲夜もなかなかの演技だったわよ」
「そんなことはないですわ」
「ふふ……さあてと、聞いてるんでしょう? ――ねぇ、紫?」
「――さすがはレミリア。気づいてた?」
「当然よ。ところで、あいつらを博麗神社に集めて、何する気?」
「内緒よ」
「ふーん……。また面倒事起こさないでよ?」
「わかってるわよ……全く」
――

秘封倶楽部と揺蕩うセカイ #3

―5―
過去滞在1週間目。遂に宇佐見菫子が動き出した。私たちが未来から来たと信じきれていないのか、隠しているようだった。ただ、少し不器用で、隠しきれていなかった。彼女はちょっと友達と遊んでくるとか言っていたが、1週間ここにいてわかることがある。とてつもなく友好関係のない彼女が友達と遊んでくるなんて言うわけがないのだ。
「というわけで」
「何がというわけでなのよ」
「何がって……尾行するに決まってるじゃない」
「蓮子……確証もないのにそんなこt」
「その時はその時よ」
「まだ話してるでしょうが! それに――」
後ろでメリーがガヤガヤと何か言っているが、私たちは彼女を尾行することにした(蓮子の独断)。
私たちが起きた時にちょうど、宇佐見菫子が家を出ようとしていた。時刻は8時ほど、そこそこに早い時間だ。
「じゃ、私は行ってくるから」
「いってらっしゃーい」
さぁて……。ドアが閉められる音とともに、私はメリーを呼びに行った。
「メリー、行くわよ」
「本当に行く気?」
メリーからは困惑の表情が伺える。どうやら本気で心配しているようだ。
「何の為にここまで来たのよ」
「そうだけど……」
ぐずぐずとしているメリーに嫌気がさし、私は半ば強引にメリーの腕を引っ張った。
「あっちょっと!」
「ほらほら、行くわよ!」
「もう……」

「――博麗神社?」
「博麗神社って、結構前に廃社になった神社だよね」
私達が辿りついたのは寂れた神社だった。私達の時代から結構ボロボロだったのだが、この時代も大差なかった。
「この神社が何か関係が――」
「黙って!」
私はメリーの口を塞いだ。私達の声に気がついたのか、菫子は私達の方をちらちらと見ていた。
「いきなりなんなのよ」
「静かに。菫子さんがこっち気づいたかも」
「えっ」
私達はとっさに近くの木陰に隠れた。
「やばいわね……」
気がつかれたのだろうか? 宇佐見菫子はまだこっちを気にしていた。が、何事もなかったかのように先ほどまでいた場所へと戻っていった。
「ふぅ……やり過ごせた」
「もう少し慎重に行きましょう」
少しオーバー過ぎただろうか。相手はかなり敏感なようだ。気をつけないと。
すると、踵を返し、宇佐見菫子はそさくさと神社から離れていった。
「――? 帰るのかしら」
少し遅れて私たちも神社からでた。距離を詰めないように気にしながら神社の階段を下り、角を曲がった。
しかし、そこには、無表情で仁王立ちする宇佐見菫子がいたのだった。
「――!?」
しまった。やはり気づかれていたようだ。
「あなた達、ここで何を?」
宇佐見菫子の表情は変わらないままだったが、その雰囲気は怒りで満ち溢れている。
「い、いゃあ〜その、じ、神社にお参りを〜」
咄嗟にメリーが安い芝居――あまりのつまりように私と宇佐見菫子も呆れ顔をしていたが――を打つ。
「……別にあなた達がどうしようが勝手だけど、迷惑かけないでよね」
無表情のまま宇佐見菫子はそう言い残し、立ち去った。
「ふぅ、追求されなくて良かった」
胸の奥のしこりが取れたように、気分はすっかり元に戻った。
すると、隣からなにやら不吉な笑い声が聞こえた。見てみると、笑いをこらえようとしているのか、気持ち悪い――『くくくっ……(ゲス顔)』みたいな雰囲気――顔でメリーが笑っていた。
「何笑ってんのよ気持ち悪い」
ど真ん中真っすぐの剛速球をぶち込む。メリーはあまりメンタルは強くないので、暴言をぶつけるとすぐに泣き顔になる。
「ちょっと蓮子、言い過ぎよ〜」
「だから何笑ってたのよ」
「まぁね」
「まぁねじゃないわよ」
「所謂、『計画通り』ってやつよ」
「……なにそれ」
メリーはスイッチが入るとすぐにこうなる。裏の顔というやつだろうか。
「菫子さんは『どうしようが勝手だけど』って言ったわよね? この言葉が出た時点で勝ちなのよ」
……なるほど。見つかった時点でかなり焦っていた私はそこまで頭が回っていなかった。こいつのゲス顔からするに、あの安い芝居自体がメリーの演技だったのか。
「なんでそれが計画通りになるの? あんた尾行するって言った時あんま乗り気じゃなかったじゃない」
私が言うと、メリーはまたにんまりと笑った。
「昨日の蓮子の顔を見れば何か企んでることぐらいわかるわ。 蓮子の考えることなんて『追跡』『盗撮』『盗聴』。 そこら辺でしょう?」
「昨日からここまでの流れを推測してたと」
「そゆことね」
恐るべし女。もはやこいつが主人公でいいんじゃないか。
しかし、メリーの行った通り、『どうしようが勝手だけど』からさっするに、宇佐見菫子は周りを気にしない、自分の意思で動く人間。すなわち――。
「……尾行しないで、堂々とついていける……?」
「あら蓮子。さっしがいいじゃない」
「舐めんな」
「へ~い」
そんな話をしていると、既に日が傾いていた。今日のところは体を休めて、次に備えよう。
強く吹いた風が、どこかと風鈴をならした――。


とある神社の屋根の上、結界の妖怪と紅白の巫女――。

「なんだったのよあいつら」
「どこかの大学の境界破りよ」
「はぁ? なにそれ。こっち側に来る気か」
「1人は高校生。イレギュラーね。今までのあの子達にはついてなかった」
「話きけよ。 って、あの子達って誰……あぁ、前に話してたあんたが気にかけてた」
「――宇佐見菫子。このイレギュラーが物語をどう進めるか。楽しみだわ」
「なんだかよくわかんないんだけど」
「ふふ……楽しみにしてなさい。あの2人は、なかなかに面白いわよ」
「何上から目線してんだババア」
「あ゛?」
「お? やるか?」
……宇佐見蓮子マエリベリー・ハーン。それに、宇佐見菫子か。
今回の世界は、少しは楽しめそうね。


―6―
翌日、私とメリーは2人だけで博麗神社へと向かうことにした。が、あいにく天候は雨である。私は雨は嫌いだ。まるで涙のように、心の奥に溜まった感情が溢れ出すみたいで――。
「あからさまにテンション落としてるわね」
「うっさい」
「それにしても、なんで雨降るのかしらね。蓮子って雨女だっけ?」
「それはメリーのほうでしょ」
メリーは「ないない」と言わんばかりに、顔の前で手を横に振った。
そうこうしているうちに博麗神社に到着した。雨に打たれ、より一層寂しげな雰囲気を醸し出している。
「到着ーっと」
今日はあくまで下見。宇佐見菫子がここで何をしていたのかをつきとめることができれば上出来だろう。
「どう? 何か視える?」
「ちょい待ち」
ご存知かもしれないが、メリーには世界と世界の境目、境界を視ることが出来る。あの本の通りならば、ここに別世界《幻想郷》に繋がる境界があるはずなのだ。
「んー。何か大きな力が働いてるのかしら。境界みたいな雰囲気はあるんだけど……」
「そう」
「何よ。知ってたような顔して」
「ほら、この前菫子さんについてきた時、メリー何も言わなかったじゃない? 大きな結界があるなら気づくでしょう」
「そうだけど――」
神社の裏で憶測を話していると、途端に雨が止んだ。それと同時に、背後から聞き覚えのない声がした。
「――あるわよ。結界」
私とメリーは同時に振り返る。すると、神社の屋根に、紅白の巫女服を着た女性がいた。
「結界があるって……どういうこと?」
「そのまんまの意味よ」
巫女は言った。私たちを見下すような、どこか上からな言い方だ(実際に見下ろされている訳だが)。
「まあ追求しなくても、いずれ分かるわ」
すかさずメリーが反応する。
「まるで未来がわかるような言い草ね」
「そりゃそうよ。私、この時代の人間じゃないもの」
この時代の人間じゃない……? 未来から来たのか? 隣のメリーも訝しげな顔をしている。一方紅白の巫女は、まだ何か言いたげな表情をしていた。
「あんた達の知り合い……あ、まだ知らないのか。まぁ頼まれたのよ」
「頼まれた? アンタ一体何者――」
私が言い終わる前に紅白の巫女は口を挟んだ。
「だーかーらー、じきにわかるって――」
その言葉と同時に大きな風が吹いた。砂埃に思わず腕で目を隠した。
すぐに紅白の巫女のいたところに目をやるが、やはりそこには既にいなかった。風と共に消えてしまったのだ。
「なんだったのかしらね……」
「……」
……一体誰だったのだろう。全てを見通しているような、あの人物は。
「一旦帰りましょう」
「……そうね」
「……? 蓮子?」
「ん? ああごめん」
あまり深く考えない方が身のためだろうか。私は、『じきにわかる』という言葉が気にかかっていた。『じきにわかる』ということは、近いうちに私たちはここの境界を暴きにくるということ。あくまで推測の域を超えないが、あの巫女はここの神社の巫女だろうか――。


歩くこと数分、私たちは近くのファーストフード店でご飯を食べることにした。
「それにしても……ここのあたり変わらないのね……」
「そうね、この時代の東京っぽくない感じ」
私たちの時代では、東京は古臭さを感じるような町並みだが、この時代の東京はどこの都市よりも発展している。そんな東京でも、田舎のような場所があるとは知らなかった。
店を出ると一つ先の道路がなにやら騒がしくなっていた。
「……なにかあったのかしら?」
その道路を堺に、都市と田舎が分かれている。道の片側は住宅街になっているが、もう一方はファーストフード店やガソリンスタンド、コンビニなどが並んでいて、異様な光景である。
「何事件? 脈絡がないなぁ」
「少し気になるわね」
一目でいいから見ておきたい、とメリーが言うので、騒がしくなっている方へと向かった。
その道にでると、警察や救急車などが多く止まっており、殺人でも起きたのかと思わせる雰囲気をしていた。
「物騒な時代ね」
「私たちの時代と大差ないでしょ」
「ま、そうだけど」


私たちは宇佐見菫子の家に帰ったが、先程事件のあった場所の近くだったため、サイレンやざわつきが少し聞こえていた。
「あら、お帰りなさい。ねぇ、さっきから外が騒がしいけど、何かあったの?」
「さあ? 少し見てみようと思ったけど、ざわつきが凄くてね」
帰宅早々と宇佐見菫子が聞いてきた。ふーん、とあまり興味を示さなかったような返事をした。
「そういえば菫子さん、あの神社で何をしていたの?」
メリーが単刀直入に聞いた。こいつの事だから、何か考えがあるのだろうか。
「もうあらかたわかってるんでしょ? 私は明日にでも行くわよ」
「行くって、何処に?」
メリーの口元がニヤリと歪んだ。すると、宇佐見菫子は表情も変えずにこう言い捨てた。
「あんた達の言う別世界ってやつよ」
「へぇーそうなの」
「……ついてくる気ね。迷惑かけないでよね」
「ええ、もちろん」
……相変わらず怖いやつだ。
「さてと蓮子、明日は楽しめそうね」
「……そうね」
いったいいつ頃からこんなに積極的になったのだろう。まあいいか。ついにここまで来たのだ。引き下がるわけにはいかない。
――宇佐見菫子失踪の真相は、もうすぐそこだ。

秘封倶楽部と揺蕩うセカイ #2

―3―
結果から言うと、実家では収穫は得られなかった。どうやら祖母が引っ越してきた時に処分されたようだ。
「はぁ……振り出しか……」
「そうね……って……?」
メリーが何かに気づいたみたいだ。するとメリーは家の2階を指さして言った。
「――何かがおかしい。この家」
「え?」
「確か、1階には階段の向こう側にも部屋があった。1階には部屋が四つ、窓の前に1つ部屋がある感じね。でも、2階には階段の向こうに部屋はなかった。でも部屋は四つ。それなのに部屋の大きさは変わらなかった。これだったら、2階だけ少し大きくなるはずじゃない?」
言われてみればそうだ。少し違和感を感じたのはこれだったか。
「宇佐見菫子さんが何かの力を使ったのかしら。確か、超能力者って言ってた」
「にわかには信じ難いけど、私たちも大差ないし」
「まぁね。でも、そこで力を使う必要性って、あるのかしら?」
「蓮子にしては鈍いわね。考えられるのはひとつ。1階も本当は階段の横の部屋を除いて、部屋が4つあるってこと」
「それってもしかして――」
「隠し部屋ね」
そういうことか。あれ程までに調べあげていて、何も残っていないのはおかしい。家の構造にまんまと騙されてしまった。
「メリー、早速行くわよ」
「言われなくても」
1階の最も端に着いた。1通り見てみたが、何かスイッチがあるわけでもなさそうだった。
「ハズレかしら」
「まだわからないわ。壁を叩いて、空間があるか確かめよう」
「なかったとしたら向こうは外でしょ。音は変わらないわ」
今日はメリー頭が切れてるな、と思いつつ、何かのいい案がないか考えていると、時刻はすっかり13時を超えていた。
「もう時間も時間だし、お昼にしましょう」
「そうね」
とりあえず今は撤退。少し考えが必要そうだ。
近くに某ハンバーガーショップを見つけ、そこで食べることにした。
「んん……カロリーが……」
「気にしない気にしない、今回もだいぶ動き回りそうだしさ」
「それもそうね……」

お昼ご飯を終え、もう一度家に向かう道中、とある高校の前で立ち止まった。
「東深見高校か……」
「メリー、何かこの高校が気になるの?」
「いやさ、このへんの高校ってここぐらいしかないっぽいんだよね」
「……といいますと?」
「……無駄足かな?」
スマホ片手に地図の検索をするメリーを他所目に私はかなり落ち込んでいた。あんれえ?さっきまでの無駄な探索はなんだったんだろうなあ?
「まあよかったじゃない」
「よくないわよ……」
そんなこんなで、宇佐見菫子の高校を見つけた2人だった。
「メリー、この後どうする?」
「もう3時前だし、帰りましょ」
「OK。私は家に帰ったらもう少し祖母の遺品をみてみるわ」
京都へと帰り、明日また散策することになった。あまり進歩なかったけど、高校を見つけただけでも良しとしよう。
その日の夜、私はあの本を読み返してみた。疲れからか、うとうとと眠りそうになり、ついに本を開けたまま、私は意識を手放した。
気がつくと、私は何処かの道に立っていた。どうやら今日行った東深見高校の前のようだ。夢かと思い、咄嗟に頬を抓る。痛みは感じない。夢?でも、あまりにも現実味を帯びている。不気味なほどだ。
「また明日ね!菫子!」
高校のほうからそんな声が聞こえた。
「じゃあねー」
そう言って菫子と呼ばれた少女は歩き始めた。
まさか……彼女が宇佐見菫子?私は後を追ってみた。メリーが言っていた夢の世界なのか?道行く人の肩にぶつかりそうになったが、すり抜けた。これが夢であることは確かみたいだ。だが、もし本当に夢の世界として宇佐見菫子を見ているとしたら。彼女がどんなことをしていたのかがわかる。信じ難いが、これほどまでに現実味を帯びているんだ。信じるしかない……。
彼女は私の実家に入っていった。今に比べると随分と綺麗だ。彼女はそのまま1階の奥へと進んだ。
……あそこって確か、隠し部屋があるかもしれないって場所……。もしかして――。
そうすると彼女は1番奥の部屋へと入った。
……なんだ。隠し部屋ではないのか。でも、あの部屋って何もなかったけど、処分される前はあの部屋だったのかな。
私も続いてその部屋に入ると、彼女の姿はもうそこにはなかった。
――!?どこに行った?確かにこの部屋に……そうか!わかった!あの廊下に隠し部屋の扉があったんじゃない。この部屋からじゃないと入れないんだ!どうやら先入観に囚われていたようだ。
しかし、ここで視覚・聴覚にノイズが入る。同時に猛烈な頭痛が頭を襲った。
「くっ……」
私はしばらくその場に蹲っていた。目を開けると、そこは既に自室となっていた。どうやら夢が覚めたようだ。
「……メリーと同じように、境界を越えた?でも、私にはそんな力は……」
メリーはよく『夢の世界』の話をしてくれた。私もそこについて行ったことが何度かあるが、私一人のことは無かった。
――宇佐見菫子が私にビジョンを見せている?――
とにかく明日、メリーにこの事を話さなくちゃ。
この時から私は、薄々ではあるが、宇佐見菫子の気配を感じていた。着々と進んでいるといいのだが……。


―4―
「蓮子が……夢の世界に?」
「そうなのよ。不気味なくらい現実味を帯びていたわ」
「おかしいわね。私は何も無かったのに……」
私たちは実家へと続く道(駅から歩いて20分程度)を歩いていた。今日は昨日視た夢の検証をしに行く。肝心なところはわからなかったが、メリーが『まぁなんとかなるんじゃない?』と言っていたので、そうする事にした(私もそう思っていた)。
「蓮子のその目って……なんか、日々進化してるわよね」
「え?どういうこと?」
「ほら、前までは日本時間しかわからなかったじゃない?それに昔は私の視ている夢も共有できなかったし」
「そうね」
言われてみればそうだ。この目……まだ何か、秘密があるのか……?
「ところで蓮子」
「何?」
「私たちキャラ被ってない?」
「じゃあ何?やっぱりメリー、スーパー可愛い不思議系美少女になりたいの?ぶりっ子なの?」
と、私は応えた。その瞬間私の頭上に拳骨が振り下ろされたのは言うまでもない。
「まったく……」
「すいまへん」
「反省して?」
「申し訳ありませんでした以後気をつけます」
「よろしい。ところで蓮子?ついたわよ?」
「はいメリー様」
「そこまで改めなくても……」
「いいの?じゃあ可愛い可愛いメリーちゃん、飲み物を買ってきてくれるかし」
再び拳骨が振り下ろされたのは言うまでもない。
「痛い(泣)」
「あんたねぇ限度ってものが」
「とにかく近くの自販機寄っていい?喉乾いちゃってさ」
家から飲み物を持ってこなかったのがいけなかった。完全にミスだ。
「いいわよ。ほら、あそこにあるじゃない。そこの曲がり角」
「本当だ……って遠っ」
数分後……
「ああ……生き返るわぁ」
「それは良かった。って、早く入りたんだけど」
「んー」
それにしても、メリーも随分と成長したなあ、と思う。前までは、私が動くまで動こうとしなかったのに。それに比べて私は――。
「何?夏バテ?あんたボーッとしすぎなんじゃない?」
「ごめんごめん」
そうして私たちは再び実家へと訪れた。一番奥の部屋に入ると、メリーの表情が少し変わった。
「どうしたの?不思議系の力が発動したの?」
「貴方の方がよっぽど不思議系よ。そんなことよりここ、だいぶ結界が歪んでる」
「結界が?」
メリーの目は結界の境目を見ることができる。ここから隠し部屋への道も見えているのだろうか。
「隠し部屋があるならここね」
メリーはなぞるように壁を指さすと、その壁に手を当てた。
「おかしいわね。もう少し結界が崩れてていいと思うのだけれど」
「何か仕掛けがあるのかな。ちっと見てみよう……」
メリーの指さした壁を見に行こうとした時、視界が大きく揺らいだ。立ちくらみと同時に視界にノイズが入る。まるで、あの夢のように。
「何……っ」
「ちょっと蓮子!?大丈夫!?」
私は崩れるようにそこに倒れた。メリーの呼びかけもみるみる遠のいていく。息をするのが辛い。そのまま私は、流れに身を任せるように、意識を手放した。

気がつくと、そこはどこかの部屋のベッドの上だった。
「ん……なんでこんなとこに……」
隣のベッドではメリーが寝ていた。私が倒れた後にメリーも倒れたのか?
「ふわぁ……あ、蓮子おはよう。……ってここどこ!?」
「声がでかい!私もわからないや。病院……ではなさそうだけど」
メリーも倒れたのだとしたらここに連れきたのは誰なのだろう。すると、ドアが開く音がした。そこから1人の女性が現れた。……高校生だろうか。
「あら?目が覚めたの?」
「れ、蓮子。誰?」
「知らないわよ」
「なんで私の家で倒れてたのかは知らないけど、とりあえず寝かせてあげたんだから感謝しなさいよ」
――私の家?どういうこと?そこで私は気づいた。この声と風貌には見覚えがある。
「私は宇佐見菫子。よろしく」
やっぱりか。メリーは案の定驚いているが、ここは冷静にいかないと。
「ちょ、ちょっと蓮子。な、な、なんで宇佐見菫子さんがここに」
「焦らないで。冷静に」
宇佐見菫子は目の前で首をかしげている。
「なんで家で倒れていたの?」
「単刀直入ね。いいわ。答えたげる」
「私は宇佐見蓮子。2096年から来ました」
「蓮子?どういうこと?」
「目の前に宇佐見菫子がいるからそうじゃないかと思ったら案の定よ。携帯を見てみて。2009年になってる」
「あら、ほんと」
「何?あなた達未来から来たの?」
「まだ確証はないけどね」
私たちはここで眠っているまでの経緯を話した。どうやら過去の世界へときてしまったみたいだ。
舞台は過去。84年の時を遡り後退したセカイ。此処から蓮子たちは何を得るのか。物語は続く。


――月光に照らされた夜空に、妖怪が1人。
「過去にまで戻るなんて。能力が強まってるのかしら。……幻想郷に来なければいいのだけれど――」

「――『私』になっちゃダメよ?メリー」